永遠のプログラマ☆

還暦過ぎてもプログラマ(40年)

1980年のプログラマ風景(1) - メインフレームの世界☆

こんにちは。

都会の月曜日の朝は、電車の遅延事故が多い。

日本人は、セロトニン濃度が低いせいで幸福感がウスイらしい。

 

さて、1980年代。

富士通系の電機労連の会社のプログラマ

電機労連は、給料が安かった。

 

残業しないと暮していけない。

給料明細を見て、淋しそうなカミさん。。。。

胸が痛んだ。

 

優柔不断なオレも

ついに決断して転職した外資系ソフトウエアパッケージ会社。

外資系は、とにかく給料が高いというイメージがあった。

 

メインフレームの世界に飛び込んだ。

IBM アセンブラプログラマの道を歩き始めた。